産経新聞オピニオンの「モンテーニュとの対話」は、私の好きなページの一つです。11月9日には「いじめには反撃しかない」というものがありました。概略を書いてみたいと思います。
【いじめの「加害者は弱い捕食獣」である。いじめは子供の世界だけではない。会社でも公然といじめは行われている。要するに反撃出来ない相手をいたぶるのは楽しいのだ。人間にはそんな「悪」が潜んでいる。
「逃げる」のもひとつの対処法だとは思う。ただ、逃げるという事は、反撃の意思が無い事を示し、襲撃しても安全な相手であるというシグナルを弱い捕食獣に発信することになる。
自分に襲い掛かってくる弱い捕食獣には、断固とした反撃を試みるべきだ。それしかない。そうすれば、抵抗しないと思い込み、軽いノリであなたに襲い掛かってきた弱い捕食獣は、尻尾を巻いて退散する可能性は大なのだ。勿論、痛い思いをするかもしれない。でもその体験は必ずあなたの人生にとって大きな財産になるはずだ。
モンテーニュの言葉には「退けば退くほど、恐ろしい破滅を我が身に招き寄せる事になる」とある。
行政は、いい加減に性善説は捨て去り、人間に潜む「悪」を認め、いじめは絶対に無くならないという事を前提に、学校システムの再構築を検討して欲しい。学校内であろうと、人権侵害、窃盗、傷害、恐喝、名誉棄損、器物破損などの罪を犯した者は、必ず法にのっとって処罰されるという原則を確立し、周知徹底すべきだ。教育論をかざして、学校を治外法権の聖域にしてはならない。】(終わり)
如何でしょうか?少し過激と思われるかもしれませんが、私は体験上、正論だと思います。
私は、1月の早生れですから、小学校4年くらいまでは、背の高さは前から3番目くらいで体が小さい子供でした。団塊の世代の尻尾ですから、クラスは50人を軽く超えており、教室は机で一杯で、参観日などは親が後ろに並べず、いつも廊下から参観している状況。
その小学4年の1学期の終わり頃の事。クラスには、二人の体の大きなボスが居て、男子はそのどちらかのグループに居たようですが、私はそんな事に興味も無かったので、どちらとも仲良くしていました。
それが気に食わなかったのか、片方の子分が、授業中に消しゴムを投げるとか、背中をつつくとかの、他愛のない意地悪をしてくる。私は特段スポーツが得意でもなく、勉強が出来るわけでもない、一人遊びが好きな大人しい子供でしたので、ほとんど反応しなかったのですが、その無抵抗が悪かったのでしょう。
段々とエスカレートしてきて、すれ違う時にワザとぶつかる等、ちょっと危なくなってきても「ええ加減にして~や」と言うと、面白がってからかってくる。
今でも鮮明に覚えていますが、ある日の朝、体育の着替えをしていると、その子が私がかぶっている赤白帽を取ったので、その瞬間、ついにキレてしまいました。
頭一つ大きな太った子でしたから、目の前のポッコリお腹を蹴って、その子の頭を押さえて帽子を取ろうとしたら、机の角へ頭をぶっつけるようになってしまい、頭を切ったのか血が噴き出た。こっちもビックリしましたが、周りは大騒ぎで、当人は顔中血だらけになって失神寸前。するとボスが出てきて、私をつかもうとしたので、逃げ回りながらの大乱闘。
しばらくして、もう一方のグループが止めに入って一段落しましたが、部屋中机や椅子が散乱し、廊下へも椅子が転がり、廊下側の窓は枠ごとグチャグチャ。火事場のクソ力とは言いますが、どうやってあの重い椅子が投げられたのか判りません。
でもそれ以来、こいつはキレたら怖いという事になり、静かな生活が戻ってきて、めでたし目出度し~でしたよ。
あまり参考にはならないでしょうが、いじめには反撃しか対処は無い事を身を持って体験した者として「加害者は弱い捕食獣」というフレーズに気持ちよ~く同意した処です。
もちろん、あの後は、親にこっぴどく叱られました。でも、弱い捕食獣が頭に包帯巻いて、怖そうな親父と家に来た時には絶対に謝りませんでした。「お前の方が悪い」と。 親同士がどういう話をしたかは知りませんけど。
こういう出来事は、この歳になっても覚えているものなんですね。
いじめは、犯罪に繋がる行為です。絶対に許されるものではありません。「窮鼠猫を噛む」って言葉もありますが、抵抗しないからって、楽しくいたぶってると、それこそ痛い目に合うよ。人生が狂うくらいに。
分ったかい?狐目の朝鮮捕食獣よ。本気の日本を見たいのか?